【特集】mRNAの応用例:がん治療ワクチン

mRNAを用いたがん治療ワクチンの基礎的な研究は2000年代後半から、がん患者に共通に高発現するNY-EOS-1、MAGE、gp100等の既知のがん抗原を対象に開始されました。その後2010年代に入り、がんゲノム全体の解析の進展に伴い、がん化の過程で蓄積するパッセンジャー遺伝子変異に由来した変異タンパク質が新たながん抗原(ネオ抗原)になることが明らかとなり、mRNAワクチンもネオ抗原へその対象を徐々にシフトしてきました。ネオ抗原は患者それぞれで異なるため、よりインパクトの高い個別化ワクチン療法の開発に向けた取り組みが始まっています。

1.ネオ抗原に対するmRNAワクチン開発の方法論

  • 患者から採取した腫瘍サンプルのゲノムDNAを次世代シーケンサーで解析、腫瘍中のネオ抗原候補遺伝子を探索
  • ネオ抗原候補遺伝子の配列を計算科学の手法で解析、抗原提示細胞に提示されがん免疫を誘導するペプチドを予測
  • その候補ペプチドをコードするRNA10-20個程度連結して1本のmRNAとして合成
  • そのmRNAを脂質ナノ粒子等に包埋して製剤化して患者に投与

2.ネオ抗原に対するmRNAワクチンの開発状況

ネオ抗原に対するmRNAワクチン開発の最先端を走るのが、COVID-19 mRNAワクチンを世界に先駆けて開発したドイツBioNTech社と米国Moderna社で、既に固形がんでのPhase I試験を終了しています。ワクチンの投与によりネオ抗原特異的なT細胞免疫誘導も確認され、抗腫瘍効果の兆しについても既に報告されています。しかしながら、転移性固形がんの免疫抑制的な腫瘍微小環境においては、ネオ抗原mRNAワクチン単独での抗腫瘍効果は他のがん治療ワクチンと同様に限定的であることが明らかとなりつつあり、イムノチェックポイント阻害剤PD-(L)1抗体との併用臨床試験が既に開始されています。

mRNAがんワクチンの海外開発状況

BioNTech社はRoche/Genentech社と共同でPD-L1抗体atezolizumabとの併用試験を、Moderna社はMerck社と共同でPD-1抗体pembrolizumabとの併用試験を開始しています。前者は2020年4月の米国がん学会(AACR)で、後者は2019年の米国がん治療学会(ASCO)でその最初の結果が報告され、今後の動向が注目されています。また、BioNTech社はネオ抗原mRNAワクチンだけでなく既知のがん抗原に対する混合mRNAワクチンの研究開発も同時に進めており、最近メラノーマで有望な臨床効果を報告しています。

3.がんに対するワクチン実用化への課題

COVID-19等の感染症ワクチンは基本的にはウイルスと言う外敵に対する防御であるため、免疫が比較的容易に誘導されることから、その臨床開発は急速に進んでいます。一方、がんに対するワクチンは、自分自身から発生し免疫機構を巧みにすり抜けて成長してきたがんを攻撃する必要があるため、ネオ抗原と言うがん特異的な抗原を標的としているとは言え、感染症ワクチンに比べるとハードルは明らかに高く、その研究開発に時間を要しています。