【特集】mRNAの応用例:単一の遺伝子異常によって引き起こされる各種疾患治療への応用

先天性の遺伝性疾患の中には、たった一つの遺伝子の異常が原因によるものが数多くあります。このような疾患では、遺伝子異常により酵素など生体の機能や構造の維持に必要な遺伝子産物(タンパク質)が作れなくなり発症に至ります。これらに対し、ウイルスベクター等を用いて正常な遺伝子を体内に導入する遺伝子治療や必要なタンパク質を投与するタンパク質補充療法が行われています。しかしながら、遺伝子治療についてはゲノムDNAを傷つけることによる発がん等の毒性に対する懸念が残り、現在のところ治療法として広く用いられていると言える状況ではありません。

1.mRNAは遺伝子異常疾患治療薬として利用できる

mRNA医薬は遺伝子治療とは異なりゲノムを損傷することがありませんが、効果の持続では遺伝子治療に及ばないと考えられてきたため、最近まで臨床試験に進む薬剤はありませんでした。しかしながらmRNA医薬を標榜するバイオテック企業が地道に研究開発を進めて来た結果、単一遺伝子異常による疾患に対するmRNA医薬の開発が活況を呈しつつあります。

図1.mRNAはこれまで狙えなかった細胞質内の新たなターゲットによる創薬を可能にする

現在、少なくとも下記の4種類のmRNA医薬が臨床試験に進んでおり、その一部で臨床POCが取得されつつあります。一方、mRNAを単一遺伝子異常に由来する疾患の治療薬として確立するための課題には、1)投与回数、2)副作用、3)免疫原性に加えて、標的臓器に適したDDSの開発などがあります。

2.臨床試験開発中の単一遺伝子変異を標的とするmRNA医薬

  • Translate Bio社:MRT5005
    嚢胞性線維症(cystic fibrosis:CF、システィック・ファイブローシス)の原因遺伝子であるCTFR(cystic fibrosis transmembrane conductance regulator)のmRNA製剤。独自の製剤を、ネブライザーを用い肺に直接投与します。本薬は2020年2月にFDAから嚢胞性線維症の適応でFast Trackに指定されており、既に学会等で明らかな臨床効果、すなわち肺機能の改善効果が報告されています。
  • Arcturus社:ARCT-810
    オルニチントランスカルバミラーゼ(尿素サイクルの二段階目の反応を司る酵素:OTC)欠損症を対象とするmRNA製剤。OTC mRNAを脂質ナノ粒子(LNP)で製剤化して投与し、肝臓で欠損しているOTCを発現させます。健康成人でのPhase Ia試験は既に終了しており、2020年12月からオルニチントランスカルバミラーゼ欠損症患者を対象にPhase Ib試験が開始、その結果が待たれます。
  • Moderna社:mRNA-3927
    プロピオン酸血症を対象とするプロピオニルCoAカルボキシラーゼ(PCC)のαおよびβサブユニットそれぞれのmRNA医薬の合剤。COVID-19 mRNA vaccineの承認で世界的な名声を手にしたModerna社の開発品。PCCのαおよびβサブユニットのmRNAを脂質ナノ粒子製剤化し、肝臓で発現させます。2019年末にIND申請を行い、Fast Track指定を受けています。
  • Intellia社:NTLA-2001
    トランスサイレチンアミロイドーシス症(ATTR)を対象とする変異トランスサイレチン(TTR)遺伝子をノックアウトするゲノム編集型(CRISPR/Cas9)のmRNA医薬。TTR遺伝子をノックアウトするためCas9 mRNAとTTR ガイドRNAを合せて脂質ナノ粒子製剤化し、静脈内に投与します。1回の薬剤投与により生涯に渡って異常TTRの発現を抑制する画期的なin vivo ゲノム編集治療であり、Cas9をタンパク質としてではなくmRNAとして投与するため、mRNA医薬に分類されています。Intellia社は、ゲノム編集治療の専業バイオテック企業です。2020年11月より、Phase I試験が開始されました。
企業名 開発コード 疾患名 標的遺伝子 DDS製剤 臨床ステージ 特記事項
Translate Bio MRT5005 嚢胞性線維症 CFTR LNP/ネブライザー Phase I/II Fast Track (FDA)
Arcturus ARCT-810 OTC欠損症 OTC LNP Phase Ia  
Moderna mRNA-3927 プロピオン酸血症 PCCA/PCCB LNP Phase I/II Fast Track (FDA)
Intellia NTLA-2001 ATTR TTR LNP Phase I CAS9 mRNA + TTR gRNA

3.非臨床段階にある単一遺伝子変異を標的とするmRNA医薬

上記以外にも、様々な単一遺伝子異常に由来する疾患の治療薬としてmRNA医薬の研究開発が行われています。疾患動物モデル等で有効性が報告され、今後の発展が期待されているものを、下表にいくつか抜粋して示しました。

疾患名 標的遺伝子 DDS 企業名 開発ステージ 引用論文
血友病 第VIII因子 LNP Moderna N/A Mol. Ther. 2020
第IX因子 LNP Translate Bio N/A Gene Ther. 2016
第IX因子 LNP Arcturus N/A PNAS 2019
Fabry病 GLA LNP Translate Bio N/A Cell Gene Ther. 2019
Pompe病 GAA LNP Translate Bio N/A Patent Application
Gaucher病 GBA1 LNP Moderna N/A Patent Application