2020年は、COVID-19のワクチン開発が盛んに行われ、新しい創薬モダリティであるメッセンジャーRNA(mRNA)医薬に注目が集まりました。通常の開発では数年かかると言われる感染症ワクチンの領域において、COVID-19の世界的なパンデミックという特殊な環境下ではありますが、ウイルスの同定から1年以内という極めて短い期間でmRNAワクチンの実用化が達成されました。この新しいモダリティについて、有用性や安全性などのメリットが示唆されたことから、今後の医薬品開発の世界を変えるゲームチェンジャーになるとmRNA医薬に対する関心が世界的に高まっています。
あらゆる生物の遺伝情報は二重らせんを形成するDNAという遺伝物質に保存されています。生物を構成する全ての細胞で含まれているDNA分子のセット(「ゲノム」と呼ばれます)は基本的に変わりませんが、それぞれの細胞では異なるタンパク質が作られ、その結果、様々に分化した細胞が生じて、生物の体を形作っていきます。この同じDNAから異なるタンパク質を作るメカニズムに欠かせないのが、mRNAです。
図1:細胞核内のDNAに保存されている遺伝情報からタンパク質ができるメカニズム
身体の外から特定のmRNAを薬物として導入することによって、目的とするタンパク質を体内で人工的に作らせ、不足する機能を補うことを可能にする
mRNAを医薬品として用いるというコンセプトは1990年代からありましたが、開発するうえで大きな障壁があり、実際に医薬品としての研究開発が盛んになったのはここ数年のことです。
創薬モダリティとしてのmRNA医薬の優位性
mRNA医薬には様々な利点があり、多くの疾患を対象とした応用が期待されています。最も進んでいるのが、ワクチン分野での応用です。感染症ワクチンとがんワクチンの両分野で欧米ベンチャー企業を中心に急速に研究開発が進んでいます。
感染症ワクチン
感染症予防のワクチンは従来、ウイルス等の病原体を弱毒化・不活化して作られていましたが、病原体そのものに由来するため安全性の懸念が完全には払拭できませんでした。また開発・製造に多大な時間がかかるという問題点があり、パンデミックに素早く対応するには不向きでした。近年、ウイルスの遺伝情報の解読が容易になったこともあり、遺伝情報に基づいてワクチンを設計する「遺伝子ワクチン」と呼ばれるワクチンの研究開発が盛んになってきました。遺伝子ワクチンにはウイルスベクターワクチン、DNAワクチン、mRNAワクチンがあり、安全で期待されているのがmRNAワクチンです。mRNAワクチンはインフルエンザやジカ熱などのウイルスに対して研究されて来ましたが、今年に入り新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックに対して、その有効性が証明されました。
これまでに実用化の実績がなかったまったく新しい創薬技術であるmRNA医薬ではありましたが、COVID-19というパンデミックへの対応が図らずもmRNAワクチンの優位性を証明する結果となりました。
特筆すべきはその開発スピードであり、COVID-19ワクチンの場合、最初にウイルスのゲノム配列が報告されたのが2020年1月10日ですが、その4日後にはmRNAワクチンのGMP製造が開始され(Moderna社)、2カ月後にはPhase1試験を開始、半年後にはPhase3試験が開始されました。10カ月後の11月にはModerna社、Pfizer/BioNTech社のmRNAワクチンがPhase3で有効性が確認され、重篤な副作用も見られないという結果が発表されました。本年12月には緊急使用承認で実用化が始まるという驚異的なスピードです。
COVID-19 mRNAワクチンの例(2020.12)
緊急使用承認等で実用化 | BNT162b2 (Pfizer/BioNTech) mRNA-1273 (Moderna) |
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Phase II/III | CVnCoV (CureVac) |
Phase I/II | ARCT-021 (Arcturus) MRT5500 (Sanofi Pasteur/Translate Bio) |
Pre-clinical | Daiichi Sankyo |
mRNA医薬の実用化はCOVID-19ワクチンが世界初ですが、下記のような疾患領域でも、現在様々な研究が進んでいます。